<Portugal>
 連泊で巡るポルトガルの美しい町
や村12日間の旅

 <2013.3.5(火)~3.16(木)・ユーラシア旅行社>

    ~3月12日(火)旅行8日目     曇り時々晴れ~






                                  No.14


  オビドスの朝

 早いもので旅行が終盤にさしかかってきました。まず、昨夜お世話になったアルベガリア・ジョセファ(Albegaria Josefa)の評価を申し上げます。
 いささか疲れてきましたので、過ごしやすいホテルであって欲しいものです。
 まず、場所ですが、昨日申し上げたとおり、城壁に囲まれたオビドスの入口付近にあり、珍しく平屋の建物でした。
 
 私たちの部屋は、016号室ですが、地下にありました。部屋の大きさですが、これまでで最も小さく、また、シャワー、トイレといった水回りも水量が不十分で面積も狭いことから使いづらいものでした。ベッドはシングルで、温度調整は問題なくできましたが、部屋が地下のため、外の景色は見ることができませんでした。
 以上を総合すると、「イマイチ」のホテルだと評価するしかないようです。


  <朝食の様子>
 次に、出発までの予定ですが、昨日いただいたメモでは、モーニングーコールが7時00分、朝食(階段下?)が7時30分から、バゲージが7時45分まに部屋の外側、ロビー集合(出発)が8時30分となっています。

 朝食の味?ご覧の通りですので、評価をする必要がないと思います。特に、野菜がないのは困ったものです。
 

 次に、ホテル出発後の予定ですが、まず、オビドスから北に向かってカラダス・ダ・ライニャ(Caldas da Rainha)という町に寄って朝市を見学することになっています。
 朝市の見学を終了しますと、この町の北にありますナザレに向かいます。ナザレでは、プライヤ地区とシティオ地区というところを見学することになっています。
 その後、昼食をいただいてからリスボンの西約28kmに位置するシントラという町でペナ宮やシントラ宮(王宮)を見学し、夕刻にユーラシア大陸西端にあるというロカ岬に向かいます。
 本日も見どころ満載で楽しみですね。


  カルダス・ダ・ライニャの朝市散策

 私たちは、オビドスのホテルを予定の8時30分より早く出発して、次の訪問地カルダス・ダ・ライニャに向かいました。


  <オビドスの街並み>

  <同じくオビドスの風景> 

 小生は、ユーラシア旅行社が、カルダス・ダ・ライイニャという聞いたこともないような町を訪問することにしているか?と疑問に思っていたのですが、ポルトガルでは有名な町なのです。 では、何が有名かといいますと、次の「ちょこっとガイド」をご覧ください。


 【カルダス・ダ・ライニャちょこっとガイド】

 カルダス・ダ・ライイニャは、オビドスの北にある人口2万人の町です。「王妃の湯治場」という名の通りジョアン2世の王妃レオノールが設立した「鉱泉病院」があります。
 さらに、この町で忘れてはならないのが陶器で、ポルトガルを代表する陶器の一つとして知られるボルダロ・ビニェイロの工場があり、レプブリカ広場で開かれる朝市では陶器が売られています。
 見どころとしては、「朝市」、「ドン・カルロス1世公園」、「ジョゼ・マリョア美術館」、「病院博物館」、「陶器博物館」があります。



 さて、私たちは、オビドスから約10分、8時40分ごろにこの町に到着しました。
 ちょこっとガイドの見どころのうち、私たちが見学したのは、朝市でしたが、特産品の陶器ではなく、イチゴ、イチジクなどの果物のほかナッツ、野菜などでした。


  <陶器の店?>

   <市場が遠方に>

 でも、こうした食料品の取引を見ていますと、ポルトガルの生活がどのようなものなのかが何となく理解できるようで、本当に楽しいものでした。
 また、レプブリカ広場のすぐ南には「鉱泉病院」がありましたが、事前の勉強不足もあり意識して見学できなかったことは、誠に残念であったと思います。


 
  <リンゴ、ナシなどの果物>

  <キャベツ、ブロッコリーなどの野菜> 

  <ドライフルーツ、ナッツ類>

   <色とりどりの草花>

 この市場を約40分間散策してから北の「ナザレ」という町に向かい、プライヤといわれる地区で大西洋の海岸を散策し、シティオといわれる地区で断崖絶壁の上からオレンジ色のナザレの街並みを見学するそうです。

 ◆ ナザレ散策


  <雑貨のお土産品店>

  <ナザレのプライヤ地区の海岸> 

 ナザレのプライヤ地区に到着すると、かみさんは、ご覧のような雑貨店を目ざとく見つけて撮影しました。ここで、ナザレの勉強です。



 【ナザレ(Nazara)ちょこっとガイド】

 ナザレといえば、1954年のフランス映画の主題歌「暗いはしけ」で日本にもなじみになった町だそうですが、小生はまったく知りませんでした。
 名前の由来は、8世紀に西ゴート王ロドリゴがロマノという僧を供にこの地までやってきたとき、彼が携えていたマリア像がイスラエルのナザレのものだったことに由来するそうです。
 この町は、独特な習慣と服装で知られ、また、夏にはヨーロッパ中から訪れるバカンス客で埋めつくされるそうです。
 ナザレの町は、長い砂浜に沿って広がる
プライア地区、崖上のシティオ地区、東側の丘にある最も古いベデルネイラ地区の3つからなっています。

 プライア地区は、観光の拠点となっていて、大西洋を左に望むレプブリカ通りには、レストランやみやげ物屋が並び、途中、東へ延びるビエイラ・ギマランイス通りには市場がある。
 また、レプブリカ通りの東側はベスカドーレ地区と呼ばれる漁民の居住地区があり、素顔のナザレにふれることができる。さらに、この地区の北端にあるソウザ・オリベイラ広場にはカフェが多く街で最も賑やかな場所となっている。

 次に、シティオ地区であるが、ここには見どころが集まっている。ブライア地区のソウザ・オリベイラ広場の北側から出ているケーブルカーに乗って到着したら、西側にある広場に向かうと、堂々とした姿をしたノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会と岸壁上のメモリアル礼拝堂がある。そのほか、ナザレの歴史が学べるジョアキン・マンソ博士博物館があり、また、メモリア礼拝堂脇の展望台から西へ400mほどの丘には、灯台があるサン・ミゲル要塞がある。

 次に、ベデルネイラ地区であるが、この地区は、ブライア地区に比べるとかなり静かである。 ブライア地区が海に覆われていた17世紀までは、この地区がこの一帯で最も重要な港の一つで、その歴を物語る建物や石柱が残っている。近くには、ミゼルコルディア教会がある。

 


 この3つの地区うち、私たちがお邪魔したのは、プライア地区とシティオ地区でした。
 まず、最も賑やかなブライア地区ですが・・・



   <プライア地区の海岸>

  <左写真の拡大画面>

 でも、この季節(3月)ですから海水浴で賑わう光景!というわけにはいきませんよね。
 また、レプブリカ通りの街並みや、市場、漁民の居住地区であるベスカドーレ地区などを確かめるでもなく、単に、「大西洋の海岸です。」という感じで過ぎてしまいました。

 ところで、右上の写真は、かみさんが撮影したものですが、先ほど申し上げたシティオ地区の岸壁上にあるメモリアル礼拝堂やサン・ミゲル要塞が写っているのでしょうか?
 この後、シティオ地区に向かいました。

 まず、ケーブルカーではなくバスで向かいましたが、途中、ナザレの赤い屋根や細長い近代的な建物の街並みが見えてきました。



  <ナザレの街並み>

 <シティオ地区名物の豆売りのおばちゃん>

 豆売りのおばちゃんがいる広場に面して、見どころのノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会(Nossa Senhora da Nazare)が大きく翼を広げるように建っていました。
 しかし、岩壁上にはメモリア礼拝堂があるはずですが、小さすぎて目に入らなかったのでしょうね(言い分けをするな!)。撮影していませんでした。
 ここでの関心事は、ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会と展望台から見えるナザレの街並みだったのです。



<ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会> 

  <ナザレのブライア地区と海岸線>

 展望台からは、、右上の写真のように誰が撮影しても絵になるような美しい海岸線がみられますが、少し、左側を覗きますと、岩壁上の建物などの光景などもあり、いろいろな角度から海岸線を楽しむことができました。


   < 岩壁上の建物>

  <鳩それとも海鳥?>

 イヤー、惜しかったですね。岩盤上の建物の右側には、先ほど撮影していなかったと悔やんでいたメモリア礼拝堂があるはずですから・・・
 実は聖母マリアの奇跡が起こったという話に関係しているのは、この礼拝堂なのです。
 1182年のある霧深い朝、ドン・ファス・ロビーニョという城主が馬に乗って狩りをしていたところ、追っていた獲物の鹿が突如、姿を消したそうです。その時、馬の前足下の部分には、深海がぱっくり口を開け、絶体絶命の危機だったにも関わらず、聖母マリアが現れ、危機的に馬は逆戻りしたというのです。その御加護に感謝し、彼はここに礼拝堂を建てたというのです。  このような奇跡の話は、他にもありましたね。

 ところで、かみさんは、右上のように動物や植物が好き!ですね。行く先々でシャッターを切っていました。

 さて、次に、ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会を正面から撮影しましたので、教会の中とともにご覧ください。



  <教会の正面> 

   <教会内部の正面>

 現在のノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会は、17世紀に造られたもので、ナザレの守護聖人たちが祀られています。
 「ちょこっとガイド」で触れたようにロマノという僧がこの地までマリア像を持ってきて、その後、マリアの奇跡が起こるなどいくつかの変遷を経て、このマリア像を祀っているそうです。



  <キリスト像>

  <これが聖母マリア像>
 この美しいアズレージョで覆われた廊下の中に入りますと、イスラエルのナザレからロマノ神父が持ってきたというマリア像とキリスト像が飾られていました。

 ヨーロッパの教会といいますと、小生は、大きくて暗い!というイメージを持っていますが、ポルトガルの教会は、どこも美しいアズレージョで飾られています。
 この教会も祭壇付近から翼廊まで旧約聖書を題材にした18世紀のアズレージョで飾られていました。

  <アズレージョが美しい翼廊>

 こうして、ナザレを見学して、次は美味しい?昼食です。ナザレ出発が11時ちょうどぐらいで、南に向かって走り、昼食会場に到着したのが12時50分ぐらいでした。
 この間に見えた景色をレポートしたいところですが、「これは!」と言ったものが見当たりませんでした。


  <レストラン到着直前の光景> 

 <レストラン「アデガ ド ソロイオ」> 

 レストランの場所は、次の見学先がシントラですからリスボンの西28㎞にあるというシントラ付近ですね。
 ストランの名前は、ADEGA DO SALOIOだそうで、ネットで調べましたら、住所はAlvaro dos Reis 32271-188 Sintraとなっています。
 メニューは、添乗員さんが「前日お出しできなかった」といってましたバカリャウ(干したらの料理)、サラダ、イワシのグリル、パオン・デ・ロー(カステラ)となっています。


<バカリャウ料理?>

  <パン>

 <イワシのグリル>

  <カステラ>

 このほかに飲み物に赤ワインをいただきました。
 料理の味?イワシは美味しかったですね。
 干したらの料理は、チョコレートみたいな色で魚の感じがまったくしませんので、バカリャウではないようですね。


 昼食の後は、まずシントラのペナ宮殿(Palacio Nacional da Pena)に向かいました。









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 このページ(No.14)は、ナザレなどの観光を掲載しています。