トルコ一周とカッパドキアの旅 <2010.10.18(月)~10.30(土)・ワールド航空サービス社> ~旅行11日目・10月28日(木) 曇りのち雨~ |
<第3庭園> |
<同じく左方向> |
<第3庭園の宝物館> |
<同じく謁見室> |
<ハーレムの象徴「正義の塔」> |
<Mugiko> ハーレムは、第2庭園の「正義の塔」の下にある、という説明が多いけれども、正確には第3庭園との間にあるといった方が良いと思うわ。 <Mugio> 第2庭園の「ディエアンの庭」から入場するようになっているから、そのように説明しているようだね。 ハーレムは、チケットが必要でグールプで30分ごとの入場となっていてトルコ語または英語のガイドがつく、ということだ。 <Mugiko> 私たちも入場することになっているはずよ。 ところで、話が第3庭園にある見どころからハーレムになってしまったけれども、第2庭園との間にあるロココ様式の「幸福の門」の写真はあるの? それと、「宝物館」にも入場して、光り輝く宝石などを見学したわ。。 |
<Mugiko> 宝物館は、衣装展示室の横に位置していて、「ダイヤモンド、ルビー、エメラルド、真珠のきらめきを、黄金の輝きが包む。初め驚嘆し、やがてはあきれ返るほど。」と説明している。 <Mugio> そして、有名なのは、「トプカプの短剣とスプーン売りのダイヤモンド。」とあるが、輝きに「あきれて!」記憶から消えてしまったようだネ。 |
<幸福の門> |
<宦官の部屋が並ぶ> |
<Mugiko> ハーレムは、スルタンの夫人、母、皇子、宦官、女奴隷たちが生活した場所で外界とは完全に隔離されたところで、かっては400もの部屋があったそうね。 また、スルタンの継承争いに敗れた皇子たちを幽閉した「鳥籠」と呼ばれる部屋もあったそうね。 |
<Mugio> 入場すると、まず、ハーレムを警護する宦官の部屋があるはずだね。彼らは、エジプトからきた去勢された男性だというけれど・・・ |
<女たちの居住区> |
<女たちの部屋> |
<Mugiko> 宦官の部屋は撮影していなかったけれど、女たちの部屋は、撮影できたわね。 女たちの部屋は、スルタンの母が住むところ、妻たちが住むところ、その他大勢の住むところに分かれているみたいね。 |
<スルタン(帝王)の広間> |
<同じく正面> |
< 鳥籠(皇子の間)> |
<Mugiko> 15世紀以降のオスマン帝国では、王位継承者争いの当事者となった兄弟は争いに決着がつくや否やことごとく粛清(処刑)されることが当たり前のように行われていたそうね。 <Mugio> 怖い話だね。しかし、この恐ろしい習慣は、17世紀以降、宮殿内に鳥籠といわれる部屋に軟禁・監視する制度にかわったそうだ。 |
<Mugiko> でも、同じ兄弟でも、勝者と敗者では、権力者として贅の限りを尽くす勝者と、狭い部屋に押し込められて常時監視されて軟禁状態にある敗者では雲泥の差だと思うわ。 <Mugio> 本当だね。どこの国の王朝でも同じような権力争いがあった思うけれど、もしかしたら、我々のような平凡な人生が人間として一番、幸せかもしれないね。 右のステンドグラスは、その鳥籠の部屋の上部に並んであったものだけれど、何を意味しているのかね? |
<皇子の間のステンドグラス> |
<壁を飾るタイル> |
<Mugio> 君は、本当にこういうイスラム系の精密なものが好きだね。 ところで、これらのタイルは「皇子の間」にあったものかね? <Mugiko> それがよく分からないのよ。 でも、ハレムのような場所にこのような素晴らしい作品があることが驚きね。 |
<これも同じ!> |
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