<リトアニア国旗>

 秋のバルト三国美しき古都と城を訪ねて
   <2014.10.9(木)~10.18(土)・ワールド航空サービス社>

    ~10月10日(金)旅行2日目  天気 晴れ~








                                  No.3


 
◆ リトアニアの首都「ヴィリニュス」の朝

 皆さん!おはようございます。
 早速、「ヴィリニュスの朝」からをお伝えします。
 昨夜、宿泊したホテルは、「ラディソン・ブリュ・アストリア」というホテルで、「歴史的な
建物!」といった印象です。



  ≪ホテルの外観≫ 

   
≪美味しそうな朝食≫

  本来ですと、ホテルでいただいた朝食の模様をお伝えするところですが、残念ながら撮影し
ていませんでした。

 「おまえらしくない!」というご指摘をいただきそうですが、いつもと違ってこの日は、朝食の
前に散歩があったものですから、そちらに関心が移ってしまったのかも知れません
(^0^)

 などといってますが、6時40分にいただき、ばっちり撮影していました。
 また、散歩は、朝食前ではなく、朝食後でした。
 そして、朝食に対するコメントも残っていましたので、お伝えします。
 「種類、量とも豊富だが、美味とはいいがたい。コーヒーはGood!」


 ◆ 本日の日程


 本日の観光予定以外にTさんのご厚意でホテルの近くを散歩するそうです。
 そして、9時00分にホテルを出発して、バスで
ヴィリニュス市内観光に向かいます。
 訪れるところは、聖ペトロパウロ教会、ゲディミナス塔、大聖堂、ヴィリニュス大学、聖アン
ナ教会などです。

 その後、市内レストランにて昼食、その際、自己紹介を行うそうです。

 午後は、バスでトラカイ城へ向かい、17時ごろにホテルに戻り、希望者にハレスという市場
やスーパーに案内していただけるそうです。(ただし、時間がない場合には中止。)

 その後、17時45分にロビーに集合して夕食のレストランに向かう予定となっています。



 ◆ 朝食前の散歩

 さて、その朝食前(実際は朝食後)の散歩ですが、ロビーに7時45分に集合して約40分間の
散策です。本当に楽しみだな!
 どこに行ったのか?そんなこと分かるはずがない!などと勝手なことをいってますが、ちゃん
とTさんがメモを残しておいてくれました。
 ホテルの目の前に建つ「聖カジミエル教会」、「旧市庁舎」、16世紀の宗教的妥協から誕生し
た珍しい「ウクライナ・カトリックの聖三位一体教会」、黒いマリア像のイコン画が残る「夜明
けの門」だそうです。

 ということは、私たちが宿泊したホテル「ラディソン・ブリュ・アストリア」は、この街の旧
市街、それも、そのど真ん中に位置しているということになります。(帰国後、地図で確認)
 しかも、ホテルは、目の前に聖カジミエル教会(Sv.Kzimiero Baznycia
)、旧市庁舎(Rotuse)などが並んでいる市庁舎広場(Rotuses Aikste)
に面して建っているのです。
 驚きは、それだけではありません。なんと!ここは、1994年に世界文化遺産に登録された
ヴィリニュスの歴史地区」の中なのです。

 驚いてばかりでは話になりませんので、早速、わかる範囲で説明したいと思います。
 昨日、空港からホテルに到着して目の前に淡いピンク色の建物が目に飛び込んできました。
 この建物は何だろうか?と何枚も写真を撮りましたので、前日の記事にも掲載しましたが、ま
ず、ご覧ください。
 そして、近くには旧市庁舎が建っていますので、それもご覧いただきましょう!といいたいの
ですが、撮影していませんでした。
 代わりに正体不明の建物をご覧ください。


  ≪聖カジミエル教会≫

   ≪正体不明の建物≫ 

 
「真聖カジミエル教会」は、1604年にイエズス会によって建てられた教会で、聖カジミエ
ルは、リトアニアの守護聖人だそうです。
 この写真ですと、「王冠」がよく見ませんが、中央の部分に「ちらり」と覗いて見えます。
 それしても、この国の歴史を物語るように、ロシア、ドイツ、ソ連などの支配者から教会の形
や考え方も大きな影響を受けたそうです。

 さて、右側の
「正体不明の建物」ですが、もしかしたら旧市庁舎?ではありませんよネ!
 旧市庁舎は、広場の中央に、大聖堂のコピーのような姿で建っているクラシック様式の建物だ
そうです。小生は、どうしてカメラに収めなかったのでしょうか!?


 次に見えてきた建物は、南に歩いて通り(夜明けの門通り)の右側に建っている「聖三位一体教
会(Sv.Trejybes Baznycia)」
です。


  ≪旧市庁舎広場≫

   ≪聖カジミエル教会≫

 聖三位一体教会ではない!?それに、暗い?
 暗いのは、カメラの性能が悪いのではなく、夜明け前で暗かったことと小生の腕が未熟だから
でしょうね。
 へそ曲がりなものですから、「こんなものも撮影した!」といいたかったのです。
 そのお陰で右上の写真のように、聖カジミエル教会の王冠を見ることができました。


  ≪聖三位一体教会の門≫
 この教会は、ウクライナ・カトリックという珍
しい宗派で、東方正教(ビザンチン)の儀礼を残し
ながらローマ法王に使えるというものだそうです

 16世紀のポーランド・リトアニア連合国が正
教徒の多いウクライナ、ブラルーシに進出した結
果、宗教的妥協のために興った宗派のようです・
・・・。
 

 聖三位一体教会の反対側には、手前に「聖霊教会(Sv.Dvasios Corkve)」
、その隣に「
聖テレサ教会(Sv.Tereses Baznycia)」がありますが、「夜
明けの門(Ausros Vartai)」の左手前に位置する聖テレサ教会が先に見えてくる
と思います。



  ≪聖テレサ教会≫

   ≪聖霊教会の門≫

 聖テレサ教会は、1633年から1650年にかけて建造された初期バロックのファサードが
特徴的な教会です。装飾された渦巻き型のオベリスクが、どことなくローマ風の建築を思わせま
す。
 レンガ造りが多かったこの時代に、リトアニア大公国の副首相だったセテーボナス・パツァス
の保護と寄付を受け、花崗岩と大理石などで豪華に建造された美しい教会です。(リトアニア観
光情報局)

 また、聖霊教会は、右上の写真のようにピンク色の門が特徴的なロシア正教の教会です。
 外観も祭壇もバロック様式で作られていて、正教らしさがあまり感じられないロシア正教教会
だといわれています。
 祭壇前には、1347年に殉教した3人の聖人の遺体が綺麗に保存されているそうですが、私
たちは、教会の中の見学はしませんでした。

 この二つに教会の先には、クレヴァ(現ベラルーシ)やメディニンカイという城に続く門であっ
たことからその名前を冠してメディニンカイ門などと呼ばれていた
「夜明けの門」が見えてきま
す。
 元々9つあった城門のうち、現存しているのはこの門だけで、他の8つの門は18世紀の末に
当局の指示によって壊されたそうです。


   ≪夜明けの門(内側)≫

   ≪夜明けの門(外側)≫

 この門は、ご覧のように建物の真ん中に通路がある!という感じですが、旧市街から見ると左
手に内部に入る階段があり、2階に登ると礼拝所になっています。礼拝所には聖母のイコンがお
かれており、奇跡を起こす力があると今でも信じられています。

 私たちは、もちろん、登りませんでした!(残念だな!(^0^))

 こうして、南に向かって散策した朝の散歩が終了しましたので、この世界遺産の街の朝の光を愛でながら8時15分前後にホテルに戻りました。


   ≪夜明けの門≫

   ≪朝日を浴びる街並み≫

 ◆ リトアニアの首都「ヴィリニュス」観光


 朝の散歩が終了しますと、予定通り9時00分にロビーに集合して市内観光に出発しました。
 現地ガイドのユナスさんが同行しました。
 まず、罪人が作り上げたという聖ペテロ・パウロ教会を訪れました。
 ホテルから歩いても30分ぐらいの距離でしょうか?
 聖ペテロ・パウロ教会がある場所は、旧市街から向かいますと、旧市街の北側を流れているネ
リス川の手前の東方向、旧市街から少し離れたところにあります。



 ≪聖ペテロ・パウロ教会到着前の光景≫

  ≪同じく教会到着前の街の光景≫

 歩いて向かったのではないのか!?
 お年寄りが多い(失礼)ものですからもちろん、バスです。朝の光の中で街は、青い空と調和して輝くような美しさでした。
 やがて、「
聖ペトロ&パウロ(ペトロイルポヴィロ)教会(Sv.Petro ir Povilo Baznycia)」に到着しました。
 それにしても、いろんな読み方、書き方があるので戸惑ってしまいますよネ!
 素直に横文字を読みますと、地球の歩き方にも書いてあった「ペトロ イル ポヴィロ」のような気がします。



  ≪聖ペテロ・パウロ教会≫

  ≪教会前からの光景≫

 建物が歪んでいる?そうではなく、斜めに撮影しただけの話です。
 さて、この教会の話ですが・・・
 バロックの街といわれるヴィリニュスを代表する建築(バロックの真珠?)だといわれていま
す。
 教会は、ロシアからの解放を記念して建てられたもので、1668年(約350年前)から建
設が始まり、建物に7年間、内装に30年あまりの歳月をかけているそうです。



   ≪教会の入口≫

  ≪教会の入口右側の壁の墓石≫

 このように内部に多くの時間がかけられた理由は、「バロックの凍れる音楽」と呼ばれる内部を
一目見ればわかるといいます。
 ところで、右上の写真、教会の入口にどうして墓石があるのでしょうか?
 それは、この教会の建設資金を出した当時の将軍(パツァス(M.K.Pacas))が教会を自らの廟とした、ということのようです。
 この墓石には、「Hic jacet pecator(ここに罪人眠る)」と書かれているようですが、小生には、(リトアニア語は理解できませんが、)「NANC ECCLESIA FUND 1668 AN 
HIC JACET PECATOR」という文字と「PAC MORT.4APRLL 1682 AN」という文字に見ますので、「ここに罪人眠る」という墓石であることは間違いないようです。
 ただし、お金を出した人が「罪人」なのか?という素朴な疑問は残ります。

 さて、 「バロックの凍れる音楽」と呼ばれる教会の内部ですが、真っ白な内壁が無数の彫刻で
埋め尽くされていて、イタリア人建築家の指揮で、200人以上の手によって彫り上げられた2
000以上の漆喰彫刻は、一つとして同じものがないといわれているそうです。
 その見事な彫刻群を撮影順にご覧いただきたいと思います。


 
 

 天井も、壁も、柱も、漆喰彫刻で埋め尽くされています。
 右上の写真は、骸骨ように見える「死神」という作品でしょうか?


   

 順番ですと、ここで聖母マリア像を掲載するところですが、横を向いているので縦にして次のところに持ってきて、同じく縦にする必要がある写真を右側に配置しました。

 さて、彫刻のテーマは、聖人からはじまって天使や想像上の獣、植物、その他の無生物など多
岐にわたっていますが、同じ天使でも、それぞれにポーズや表情が異なっています。

 上の写真の右下には、黒いツルのような鳥が飛んでいるような印象を持ちますが、これは、「ノアの方舟」を形取ったシャンデリアがつり下がっているそうです。(驚いたな!)



 ところで、すべてが白の彫刻なのか!と思っていましたら、、聖母マリア像には服装に青い色が、また、右上の壁に掛かっている人物の彫刻には赤と金色が施されています。
 左下は、教会正面の祭壇ですが、「聖ペトロとパウロの告別」と題する絵画がかかっていました。また、右下の写真は、大きな太鼓でしょうか?

 30年をかけてこれらの彫刻を制作したのは、イタリアから招かれた彫刻家で、数百人もの地元の職人たちがアシスタントとして加わったそうです。
 これらの人々の技術と想像力がこうした素晴らしい作品を残したのではないでしょうか。

 こうして、9時40分頃に聖ペトロ・パウロ教会の見学が終了しますと、教会から1キロ強の距離にある旧市街の「ゲディミナスの塔」にバスで向かいました。この塔の付近には、ゲディミナス城や大公宮殿、大聖堂、リトアニア国立博物館などの見どころが集まっています。



   ≪バスを下車、国立博物館付近≫

  ≪通りのトロリーバス≫

 観光の順番としては、旧市街地を先に見学してから「ビルエス」という通りを北に向かってゲディミナスの塔を目指すのが、通常のコースですが、私たちは、旧市街地の北東にある聖ペトロ・パウロ教会から南西に向かってきましたので、ネリス川沿いの「アルセナロ」という通りを走ってきたようです。
 右上のトロリーバスは、このアルセナロ通りを走っているようです。

 さて、私たちは、バスを降りて「リトアニア国立博物館」の前を歩いてゲディミナスの塔が建っている丘に向かうことになりました。
 私を含めて脚力に自信がない方が多い(失礼)ためか、国立博物館の横にある「考古学資料館展示館・工芸博物館」の横にリフトが設置されていますので、お世話になりました。










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 このページ(No.3)は、リトアニアのヴィリニュス観光(聖ペテロパウロ教会など)の模様を掲載しています。