<ボスニアヘル ツェゴビナ> |
旧ユーゴスラビア4カ国の旅 <2010.5.23(日)~6.3(木)・阪急交通社> ~旅行8日目・5月30日(日) 曇り後時々晴れ~ |
<クロアチア> |
No.31
<カジ・フスレブ・ベグ・ジャミーヤ> |
mugio このモスクは、サラエボで最大のモスクで、オスマン帝国のボスニアの知事カジ・フスレヴ・ベグによって1530年に建てられたそうだ。 mugiko モスクの前には、衝立がある女性用と男性用の簡易礼拝堂があったはずだけれど・・・ また、近くには彼の名前を付したバザールがあるはずだけれど、残念ながら訪問しませんでした。 mugio でも、ここには、カジ・フスレヴ・ベグの墓があり、また、モスクと同年代に建てらたというフェルハディア通りに立つ時計塔も見られたよ。 |
<細長い時計塔> |
<カジ・フスレブ・ベグの墓> |
|
<モスクの正面と簡易礼拝堂の一部> |
<MUZEJの文字がある建物> |
mugio 何だか奥歯に物が挟まったような言い方だけれど、カジ・フスレヴ・ベグ・ジャミーヤからミリャツカ川の方向を見たら、なんと!狙撃があったラテン橋に面した建物が見えたのさ。 mugiko 横道の方向にカメラを向けているのを見て「大聖堂に向かっていったはず」という言葉で皮肉ったけれど、ラテン橋を撮影していたなんて思わなかったわ。 mugio ピンク色の壁の建物の先に1階が黄色の建物が見えるけれど、この建物が狙撃事件の現場となった場所みたいだね。 mugiko ということは、道路の突き当りが「ラテン橋」ということね。 それにしても、撮影していない!と悔やんでいた場所が2つとも見つかったのだから超ラッキーね。 |
<フェルハディア通り> |
<BEZISTANの文字がある建物> |
<カトリック大聖堂> |
mugio というような見どころを過ぎると、銀行とか旅行会社などといった近代的というか洋風な建物がある先にカトリック大聖堂が建っていました。 この大聖堂は、ボスニアヘルツェゴビナで最大、ヨシップヴァンツァシュという建築家がパリのノートルダム大聖堂をモデルにしてデザインしたゴシック様式の大聖堂で、1889年に完成したそうだね。 mugiko この後は、青果市場をみて、フリータイムになっているけれど、旧市街に戻ってトルコにあるようなバザールなどを見て、AEROPLANというレストランで昼食をいただきました。 |
<15時過ぎの光景> |
||
左上がボスニアシチュー、左下がアップルパイ? |
mugio まぁ、仕方がないと思うよ。何しろ、予定表ではゴスピツァまで約100㎞、約6時間30分となっていたからネ。 mugiko ホテル到着が20時30分というのは、「順調」といえるのかも知れないわね。途中、クロアチアのKninという街を通過してディナルアルプスを山越えしたという記録が残っているけれど、これが結構長くて大変だったということね。 |
<ゴスピツァのホテル> |
mugio そうだね。ホテルの建物や設備などの評価は、疲れたから明日にして・・・ 夕食の味は、野菜スープ、肉(豚、鶏、ソーセージ、ジャガイモ)とも今までで最高!だったね。 ところで、ホテルのレストランで二人が乾杯!している写真があるけれど、遠慮しておくことにしたよ。 mugiko 人様に見せられような美しい顔ではありませんので、「ほっと」したわ。 |
||
次のページ(No.32) | 前のページ(No.30) | トップページ(No.1) |